「大手町ビヤコラム」第六回 「ビールと蚊と豚」
「大手町ビアコラム」
第六回 2022年06月 「ビールと蚊と豚」
作家・ビール文化研究家 端田晶
ビル・ゲイツのブログの記事「最も多くの人間を殺す動物」によると、サメは一年で十人、ライオンは百人、ワニは千人、ヘビは五万人を殺します。最も多いのは伝染病を媒介する蚊で、なんと七十万人以上。恐ろしいですね。ちなみに四十万人以上を殺す第二位の動物は人間自身です。サメやライオンは可愛いなあ。
日本古来の蚊の対策はヨモギの葉や青松葉などで煙を出す蚊遣火(かやりび)で、吉田兼好の『徒然草』第十九段にも「六月(みなづき)の頃あやしき家に、夕顔の白く見えて、蚊遣火ふすぶるもあはれなり」と出てきます。蚊取線香のゆらめく煙には風情がありますねえ。
この蚊遣火は横倒しの筒状の陶器の中で焚きました。これが蚊取線香用の蚊遣豚の原型です。なぜ豚かには諸説ありますが、火伏せのご利益がある愛宕神社のお使いの猪から変化したと言われます。
ところで豚こそ最もビールに合う食材だと思いませんか。そもそもビールのおつまみの原則は「塩と油とタンパク質」です。例えば、ライオンビヤホールのおつまみ売上ベストファイブは枝豆、サラダ、ソーセージ、唐揚、串カツです。枝豆はタンパク質が豊富で、塩気もあります。サラダのドレッシングの基本は塩と油と酢です。後ろの三つは、まさに塩と油とタンパク質の塊。美味しいに決まっています。
念のためにご注意申し上げますが、塩や油は摂り過ぎないように、そしてタンパク質は意識して多めに選んでください。度数が低いとは言え、ビールもアルコールです。その代謝には肝臓を酷使します。その修復に絶対必要なのがタンパク質です。ビールに枝豆、ビールに豚という組合せは味覚だけではなく、肝臓保護という効用があるのです。その反対に、おつまみを食べない“カラ酒”は絶対禁止。肝臓が泣きますよ。
私が豚最強説を唱える理由は、ビール向きの料理の種類が多いからです。洋食ならハム・ソーセージにスペアリブ。すね肉を長時間煮込んだアイスヴァインもお勧めです。中華なら餃子に焼豚。茹で豚に甘辛ダレをかけた雲白肉(ウンパイロウ)。和食なら串カツに生姜焼き。さらに大衆的なホルモンに焼トン。銘柄豚の普及で、牛の牙城である焼肉やしゃぶしゃぶにも勢力を拡大しています。いずれも価格とボリュームで勝負できる質実剛健、豪快無双のラインアップです。
ここ大手町厨房では、何と言っても四種の生ハムの盛合せでしょう。まずはスペインの逸品ハモンセラーノ。長期熟成によるコクのある旨味ときりっとした塩味で知られます。次のパルマ産プロシュートはしっとりした食感と適度な塩味が特徴。この二つに中国の金華火腿を加えたのが世界三大ハムなのです。三番目がコッパ。多くのハムは豚のモモ肉から作られますが、コッパは豚の首肉の生ハムです。数種類のスパイスを揉みこんで豚の腸に詰めて熟成させるので、甘い脂に独特の円熟味があります。そして最後がスペック。軽い燻製感が持ち味の北イタリアの名品です。四種の豪華な共演には、やっぱりビールが最高でしょう。
ところでビール党は蚊に食われやすいという説があります。と言うのも、蚊は体熱と炭酸ガスで人間を察知するからです。アルコールで体熱が上昇し、呼気からもグラスからも炭酸ガスを発するビール党は、確かに不利ですね。夏に屋外で飲みたがるのも問題です。だから蚊遣豚に守られながら豚をお供にジョッキをグイッ。やっぱりビール党は豚に感謝しなくちゃね。 -了-