「大手町ビヤコラム」第五回「ビールと男らしさ」
「大手町ビアコラム」
大手町厨房では「大手町ビアコラム」と題するコラムを月替わりでメニューに掲載しております。
筆者はビールを楽しく紹介することで知られるヱビスビール記念館前館長の端田晶氏です。
ここでは掲載後のアーカイブをお読みいただけますが、最新号は是非お店でお読みください。
第五回 2022年5月
「ビールと男らしさ」 作家・ビール研究家 端田 晶作家・ビール文化研究家 端田晶
五月五日はこどもの日。昔は端午の節句と言いました。中国伝来で、奈良時代には宮中行事となっています。菖蒲などの薬草で厄除けすることも伝わっており、現代でも菖蒲湯に入りますね。この菖蒲が武道を重んじる「尚武」と同音なので、鎌倉時代以降に男の子の節句となりました。だから男らしくなれと鎧、兜や桃太郎、金太郎などを飾るのです。
日本のビールにも男らしさを求められた時代がありました。それは高度成長期。キリンビールが市場の六割を占め、ガリバーと呼ばれた時代です。キリン追撃を狙う第二位のサッポロビールは、昭和四十四年に最新のマーケティング手法を採用しました。それは消費者調査。サッポロビールをどう評価しているか、多くの消費者の声を聴いたのです。
「北海道らしく爽やか」「切れ味が良く飲みやすい」など好評価が続きましたが「やや女性的」という回答も出てきました。これが経営陣には不満でした。当時は飲酒する女性が少なく、最も売れているキリンは「苦い」「重厚」「力強い」という男性的イメージだったからです。
とにかく、サッポロのイメージを男らしくせよ。経営陣からの命令によって生まれたのが「男は黙ってサッポロビール」。半世紀経った今日でも、それどころか、生まれていなかった人ですら聞いたことがあるという名作です。実は、昭和四十五年から三年間のオンエア、という意外に短いシリーズでした。では最初の作品をご紹介しましょう。登場するのは黒澤明監督作の出演で知られる世界のミフネ、三船敏郎です。
画面中央で、あぐらをかいた三船敏郎が豪快にビールを飲んでいます。セリフもBGMも一切ありません。男は黙ってサッポロビールという力強い筆文字。ビールを飲み干して、プッと上唇についた泡を吹き飛ばす三船のクローズアップ。静かな男性のナレーションで、男は黙ってサッポロビール。
今日でも通用する斬新な表現です。作中の筆文字は、黒澤作品のタイトルと同じ東宝の益川進に依頼したそうで、ここでも黒澤作品での三船の男らしさを感じさせています。
このCMによる都市伝説があります。
ある年のサッポロビールの入社試験で、面接なのに質問に全く答えない男子学生がいました。緊張のためと最初は気遣っていた試験官も、ついに怒りました。
「答える気がないなら帰りたまえ。なんでウチを受けに来たんだ」
すると、それまで口を閉ざしていた学生が、じっと試験官を見つめて一言。
「男は黙ってサッポロビール」
この絶妙なタイミングに感心した試験官は、思わず合格と叫んでしまいました。めでたし、めでたし。
学生の一言でオチているのに、さらに試験官が追撃するという二段オチ。実によくできた話です。かなり広範に伝わっていたようで、私がサッポロの広報担当だった時、あの手で入社した人に是非インタビューしたい、とマスコミから取材されたこともありました。事実だと決めつけているのです。そこで社内調査したのですが該当者はおらず、伝説は否定されたのでした。
都市伝説まで生んだこのCMの始まりは昭和四十四年の消費者調査でした。この年は、ここ大手町厨房の前身の店が大手町ビルの同じ場所でオープンした年でもあります。同じ場所で五十三年目。実は老舗なのですね。そしてお店のビールは迷うことなくサッポロ。男は黙ってサッポロビール、なのでした。
-了-