大手町ビアコラム 第三回 「ビールと花見」
大手町厨房では「大手町ビアコラム」と題するコラムを月替わりでメニューに掲載しております。
筆者はビールを楽しく紹介することで知られるヱビスビール記念館前館長の端田晶氏です。
ここでは掲載後のアーカイブをお読みいただけますが、最新号は是非お店でお読みください。
第三回 2022年3月
「ビールと花見」 作家 端田 晶
桜咲く三月。春は人の心を浮き立たせます。ここ大手町で花見と言えば、皇居のお濠端でしょう。千鳥ヶ淵が有名ですが宴会客が多くて大混雑なので、ちゃんと花を見たいなら大手町に近い大手門から飲酒禁止の東御苑を散策というコースがお勧めです。もちろん、花はタテマエでホンネは宴会、という方は頑張って場所取りしてください。
花見で大酒を競うという蛮勇は、もう過去のことになりました。「一気!一気!」という掛け声が流行語大賞金賞を受賞したのが一九八五年。当時は花見や新歓コンパで悲惨な事故が続出しました。一九九二年に設立されたイッキ飲み防止連絡協議会などの市民運動、そしてアルコールハラスメントという概念の定着などで徐々に鎮静化していきますが、それでも大酒を飲むのは男らしいという幻想はなかなか消えないようです。
お濠端で大酒、といえば歌舞伎『慶安太平記』の序幕「江戸城外濠端」の丸橋忠弥が思い出されます。槍の達人である忠弥は、由井正雪の幕府転覆計画に加担していました。江戸城のお濠端に酔っ払ってさまよい出てくるのですが、その目的はスパイでした。その登場場面に名セリフがあるのです。
「けさ朝飯に迎え酒で二合飲み、それから角のどぜう屋で熱いところをちょいと五合、そこを出てから蛤で二合ずつ三本飲み、それから後が雁鍋で、いい生肌(キハダ)があったところから、また刺身で一升(中略)ここで三合かしこで五合、拾い集めて三升ばかり(中略)裸になっても、酒ばかりは飲まずにはいられねえ」
忠弥はまた屋台で飲みはじめ、近寄ってくる犬に石を投げつけます。その石は狙いを外れて濠に飛び込みますが、忠弥はじっとその水音に耳を傾けます。実は、謀反の下調べのために濠の深さを探りに来たのです。
三升飲んでも冷静さを失わないのです。流石ですね。いや、これは大酒礼賛ではありません。三升という量ではなく、冷静さを失わない範囲で飲む、という態度が流石なのです。
ビールを大量に飲んだのがプロレスラーのアンドレ・ザ・ジャイアント。古舘伊知郎に「一人民族大移動」と形容された二百二十三センチ、二百三十六キロの大巨人です。アンドレは一九八〇年四月にサッポロビール園で大ジョッキ八十九杯を空けた、と週刊ゴングの元編集長小佐野景浩が記しています。この時は北海道巡業の最中で、数十リットルのビールを飲みながら日々リングで暴れているのです。人間業ではありませんね。
個人的な思い出ですが、この翌月にサッポロビール園の前に転居した私は、この話を聞いて「あと一ヶ月早ければ」と心底残念に思いました。ええ、プロレスファンなのです。
脱線しました。とにかく飲んで乱れず、というのが肝心なのです。花見だからと浮かれて一気飲みなんか言語道断です。
ところで花見は案外寒いもので、夜桜まで粘ったりすると酔い醒めから風邪を引いたりします。ほどよく切り上げて、飲み足りなければ近所のお店に向かいましょう。大手町厨房も開いています。
宝井其角にこんな句があります。
「酒を妻 妻を妾の花見かな」
うらやましいですね。酒好きで知られた其角です。花見によそいきを着て華やぐ女房にちょっと惚れ直しつつ、花の下で馥郁と香る酒をじっくり楽しみます。見上げれば一面の桜。おのれの気ままな酔態をそのまま女房に認めさせるという、まさに達人の境地です。 -了-