大手町ビアコラム 第一回「ビールとお正月」
大手町厨房では「大手町ビアコラム」と題するコラムを月替わりでメニューに掲載しております。
筆者はビールを楽しく紹介することで知られるヱビスビール記念館前館長の端田晶氏です。
ここでは掲載後のアーカイブをお読みいただけますが、最新号は是非お店でお読みください。
第一回 2022年1月
「ビールとお正月」
お料理を注文してから出るまでの間は、何となく手持ち無沙汰です。一口のビールで喉を湿らせたりできれば最高ですが、平日のランチでは無理ですね。そのビールの代わりに短いコラムをお届けします。ですから当然ビールの話です。
お正月は楽しいイベントであると同時に、厳粛な儀式でもあります。門松や鏡餅を飾って神様をお迎えしたり、寺社に初詣に行ったり。楽しみのほうは、おせちにお雑煮、お年玉。そこには昔から変わらない日本の伝統が息づいています。
お正月の酒といえばお屠蘇ですが、それは一杯だけ。後は普段と同じビールや日本酒に変わります。そこでも新年を祝おうと、初日の出などを描いた正月専用ラベルのビールがありました 。一時は家庭でも飲食店でも大人気で、サッポロは「賀春」、キリンは「賀正」、アサヒは「迎春」と、ラベルの文字が少しずつ違っているのもご愛嬌でした。
その始まりは昭和五十一年、サッポロの賀春ビールです。発売したのは同社名古屋支店でした。つまり、地域限定品だったのです。日本はオイルショックを脱して、再び成長軌道に乗りはじめた時代です。昭和五十一年はロッキード事件で政界に衝撃が走り、一方で長嶋巨人が前年最下位から奇跡の優勝を遂げてファンを熱狂させました。『徹子の部屋』の放送開始、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』の連載開始もこの年です。ここ大手町厨房にとっても大事な年で、大手町ビルの同じ場所にあった前身の店が法人化を果たした記念すべき年だそうです。
お話をビールに戻します。ビール需要も回復してきましたが、ガリバーと呼ばれたキリンがシェア六割と圧倒的で、二位のサッポロは瓶詰めの生ビールに活路を見出そうと模索していました。そんな昭和五十一年十一月、本社から名古屋支店に問合せがありました。
「正月に瓶詰めの生ビールを発売し戦略商品としたい。貴支店の考えを問う」
早速、幹部が集まって検討に入りましたが、生ビールと冬がどうしても結びつきません。今でこそ季節を問わない生ビールですが、当時は夏のものでした。ビアホールを除く多くの酒場では、ビールメーカーから生ビールを注ぐ機械を、夏だけ借りていたのです。だから梅雨明けには「生ビールはじめました」というポスターが一斉に並び、風物詩として飲兵衛の心を躍らせました。
夏を告げるもの、という生ビールの強いイメージを突破しようと、ついに妙案が生まれました。
「生ビールを売るという考え方から、新しいビールという発想に変えよう。正月用のビールはどうか。おめでたいラベルに変えて、中味は生ビール」
そして昭和五十一年十二月二十日、名古屋支店管内だけで「賀春」が発売され、予想を超える大ヒットとなりました。そして翌年から全国発売、ライバル各社参入と一気に拡大し、日本酒業界でも正月ラベルが採用されます。本社から与えられた課題に縛られず、発想を変えることで、他業界にまで影響を与えたのです。
しかし時は流れ、家庭で瓶ビールを飲む人は大きく減りました。ホテルなどの新年会需要はあるものの、正月ラベルの一時の勢いは失われたのです。一方で、クラフトブルワリーの正月限定ビールが隠れた人気となったりしています。賀春の元祖サッポロでも、近年は箱根駅伝の缶ビールのほうが売れています。
今日でもさまざまな伝統を繋いでいるお正月ですが、細部はいろいろ変わっているのですね。 -了-
<筆者紹介> 端田晶(はしだあきら)
作家・ビール文化研究家。ヱビスビール記念館前館長。ビールに関する著書多数。近刊は、日本にビールを根付かせた馬越恭平の生涯を描く『負けず 小説・東洋のビール王』(幻冬舎)。